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 スルガ銀行と日本IBMとの間の訴訟に控訴審判決が出され、即上告となってから1年以上が経過しました。日本IBMのぼほ全面敗訴となった第一審判決では、ベンダの責任の重さがが耳目を集めましたが、控訴審判決では時期を区切ったプロジェクトマネジメント義務違反の判断手法に注目が集まりました。第一審と同様に契約責任に縛られない不法行為責任と捉えた点が特徴的ですが、結果的にベンダの責任が若干軽減されたことにも表れているように、システム開発紛争において中間的な結論を導く可能性が秘められており、その射程が気になるところです。
 
 ただ、控訴審判決そのままの理論構造は、限定的な通用範囲にとどまると思われます。控訴審判決の理屈をごく大雑把に言えば、海外パッケージの邦銀ユーザへの初適用という、(ギャップが大き過ぎて)不可能であったがそれが明らかではなかったプロジェクトが、その進行に従って不可能と判明したにもかかわらず、中止も軌道修正もないまま続行され(これがプロジェクトマネジメント義務違反)、無駄なプロジェクト費用を発生させた(これが賠償すべき損害)、というものです。このような判決は、義務違反の時期が賠償すべき損害の画定とストレートに対応する、きれいな枠組みに事案が嵌ったからこそ可能であったという見方もできます。
 例えば、不可能と判明した時点で直ちに中止され、その後に無駄なプロジェクト費用が発生しなかった場合、義務違反はなく賠償すべき損害もゼロということになるのでしょうか。結局のところプロジェクトは頓挫したのだから、それ以前にかかった費用も遡って無駄になったのではないか、というのがこの種の紛争での従来からの問題認識であったと思われます。義務違反の内容を控訴審判決のように捉える限り、それ以前の費用は初めから不可能だったことを不可能と正しく認識するためのやむを得ない費用だったと考えるほかありません(実際、フィット&ギャップ分析の本質はこのようなものです)。いずれにしても、控訴審の考え方から先の問題認識に直ちに答が出てくるものではありません。
 もちろん、別の注意義務(違反)を想定することはできます。実際、よほど背伸びしたプロジェクトでない限り、プロジェクトが途中で頓挫するのは、それが初めから不可能であったからではなく、可能ではあったがユーザかベンダ(あるいは双方)に何らかのやり損いがあるからです。この場合、もしそのやり損いが注意義務違反と評価されるのなら、その前後を問わずプロジェクトに費やされた費用は、賠償されるべき無駄になった費用というほかないのではないか。これは先ほどの議論より一般的で、しかもより強力です。そしてやはり、控訴審の考え方からは答は出てきません。
 もともと、「プロジェクト・マネジメント義務」という抽象的なラベルには殆ど意味はありません。重要なのは、事案の具体的状況に照らした注意義務の具体的内容であり、具体的な損害の範囲です。その意味では、控訴審判決は、注意義務違反の具体的行為と、それと相当因果関係に立つ損害を拾うという、ある意味当たり前の、しかしその限度では通用範囲の広い判決ということになるのでしょう。

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author : ITS 

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