忍者ブログ
プロフィール
メニュー
最新コメント
最新トラックバック
1  2  3  4  5  6 
         

 2011/10/03 独自ドメイン(blog.its-law.net)化しました。
 2011/04/13 事務所サイトの本館と分けました。
 2010/10/02 アドレスを「itslaw」に変更しました。
 2009/07/01 NINJAブログに移転しました。
 2008/06/22 ブログをリニューアルしました。
 2007/06/30 ブログを立ち上げました。

拍手[0回]

PR
author : ITS 
 鎌倉時代の禅僧である道元は、「不思議な力である神通には大神通と小神通がある。世間の人は火を吹いて見せるような小神通を尊ぶが、本当の大神通は、毎日ご飯を食べ、疲れれば寝るといった、人間が生きて暮らしているという当たり前のことにある」(中村元氏による)と言ったそうです。この考えからすれば、ITの世界には、「〇〇を使えば、たちどころに●●が起こる」といった類の、玉石混交の小神通が満ち溢れていることになるでしょう。
 
 それでも、初めは小神通であったものの(ごくごく)一部は、その真価が分かるにつれ、当り前だが不可欠の大神通になっていきます。それは、道元の言う神通うんぬんとはいかにも次元の違う話ですが、ともかく技術の進歩であり定着であるわけです。パソコンやインターネットは、使うのに何の努力も要らず、空気のように当たり前のものになりましたが、少し振り返ってみれば容易にその価値を実感することができます。
 ところが、PDCAサイクルのような、使うのにそれなりに努力を要するものになると、話は変わってきます。PDまでは良いとして、CAまで回すことは殆どないのではないか。過去の失敗プロジェクトの総括などやって、多数の問題点と教訓が導き出されたにもかかわらず、話はそこで終わり。同じことが何度も繰り返された挙句、「これほど問題点と教訓が得られたにもかかわらず、それが生かされていないこと自体が問題だ」などというメタ教訓が得られてしまう始末です。
 「運動すれば体に良いことは分かっている」と同じように、当り前の(だが手間のかかる)ことはスルーされる運命にあるのでしょうか。

拍手[0回]

author : ITS 
 喫茶店等で何事か熱心に話し合っていると言えば、以前は生命保険か先物取引の営業と決まっていたものでした。しかし、ここ数年でこれらを圧倒するグループが出現しました。それは、IT事業者です。
 
 しかも、生命保険や先物取引では、どことなくヒソヒソ話であったのが、IT事業者の場合、固有名詞や具体的数字の入ったスライド資料が上映され、進捗遅れの原因やシステムの欠陥が声高に語られます。その場にいない者との携帯電話での会話は、ますます声高になり、店内に響き渡ります。
 このようなIT事業者の「公開業務」は、以前から見られなくはありませんでしたが、普通の顧客は相手にしないような(Tシャツ姿の?)個人事業者が仕事場代わりにするくらいのものでした。しかし今や、それなりのプロジェクトに関与している(立派なスーツ姿の?)事業者が、自社の会議室であるかのように振る舞っています。これでは、顧客としても避けようがありません。
 このようなことが一種の流行なのだとすると、同じことが他の業界であっても不思議ではありませんが、金融業界でも不動産業界でも流通業界でもアパレル業界でも、絶えてないようです。IT業界は、要らぬところで「オープン」にしたがるようです。

拍手[0回]

author : ITS 
 今から十数年前、パリで行われた世界陸上の男子100メートル準決勝で、椿事が起こりました。メダル候補と見られていたアメリカの有力選手が、フライング(正しくは、false start)で失格となったのです。同選手はフライングの判定に抗議して、走路に大の字に寝て抗議したため、競技マナーや不服申立てのあり方にも議論は及びましたが、ここで問題にしたいのは、そもそもフライングとは何なのか、ということです。

 当時、競技場でもテレビでも、問題の場面が何度もスロー再生されましたが、少なくとも、肉眼では同選手が他の選手より早くスタートを切ったということは確認できませんでした。何度も再生を繰り返した挙句、実際のスタート前に、同選手の足が痙攣のように、一瞬だけピクリと反応したように見えた、それがスターティング・ブロックの反応装置に検出された、といようように(外野の議論は)落ち着いたようです。確かにスロー再正に目を凝らすと、そのような動きがあったように見えなくもありません。しかし、陸上競技規則のフライングに、その「ピクリ」が該当するのかどうかは明らかではありません。
 ところで、フライングの定義は、「ピストルの合図があってから、人体の反応限界であるゼロコンマ○秒未満でスタートした」となっているようです。もっとも、スパイク・シューズがスターティング・ブロックに置かれているだけで、それなりの加重はかかっているわけですから、ある加重限界を超えた時点でスタートしたとみなす、というような前提なのでしょう。(現状でどこまでやっているのかは不明ですが)これを更に精緻化すれば、ゼロ秒時点でのスタートとは言えない小さな加重状態から、合図後ゼロコンマ数秒後のスタートと言える大きな加重状態に向けて急速に立ち上がる、その波形を全体として評価してフライングかどうかを判断することになるでしょうか。
 そうなると、かなり複雑な判定アルゴリズムが組み込まれたシステムが介在することになってきます。その場合、ある選手がフライングを犯したということは、彼の作り出した波形が、そのシステムの判定アルゴリズムによってクロと評価されたということです。何か問題が起きたときに、こうしたものを検証することは、不可能ではないにしても著しく困難です。そこでは、ルールが適正な判定アルゴリズムの形で実装されるというのではなく、現に実装されている判定アルゴリズムがルールである、とでも言うしなかい状況が生まれます。この種の問題は、機械化された現代社会では実は少なくなかったのでしょうが、AIなどが実用化されれば更に増えるのでしょう。

拍手[0回]

author : ITS 
 人格訴訟とは、相手方に対する人格的非難を公に実現することを目的とした訴訟のことです。良く知られているところでは、離婚訴訟にはそうした傾向が色濃く出ます。そこでは、相手方(つまり現配偶者)を「有責」に追い込むために、徹底した非難の応酬が繰り広げられます。しかも、訴訟では、「(婚姻)破綻の原因は相手方の性格にある」といった抽象的な主張では意味がありませんから、「夫は某日、某所において『○▲○▲○▲』という暴言を吐いた」であるとか、「妻は某日、某所において『■▽■▽■▽』の暴挙に及んだ」といった、具体的・迫真的な(聞くに堪えない?)人格非難に至ります。

 これとそっくり生き写しなのが、システム開発訴訟です。プロジェクトが途中で破綻してしまった場合、客観的に破綻したことは争えませんから、その責任原因が勝敗を決します。訴訟で相手方(つまりプロジェクの元同士)を「有責」に追い込むためには、「(プロジェクト)破綻の原因は相手方の能力不足にある」といった抽象的な主張では意味がありませんから、「ベンダのリーダーAは、入門書に書いてある『○▲○▲○▲』の業務知識すら有していなかった」であるとか、「ユーザの業務担当者Bは、『■▽■▽■▽』程度の確認一つに3か月もかかった挙げ句...」といった、具体的・迫真的な(聞くに堪えない?)人格非難に至ります。
 しかもシステム開発訴訟の場合、プロジェクトがトラブルに陥ると相当のストレスが長期間続きますし、危機的状況に陥ってからも何とか破綻を免れようと双方が相当の妥協を強いられます。そうした状況を経て来ているわけですから、かなりの集団的「怨念」が溜まっています。また、自らがやってきたことに対する職業的なプライドの、ネガティブな発露ということもあるのでしょう。それで「人格訴訟」となるわけですが、最も合理的に進めなければならない開発プロジェクトの後始末が、最も感情的な要素を含んでしまうというのは、何とも皮肉なものです。ある裁判官曰く、「システム開発訴訟で出てくる陳述書は、どうにも読む気がしない」。

拍手[0回]

author : ITS 
忍者ブログ | [PR]
 | PAGE TOP
write | reply | admin