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 2011/10/03 独自ドメイン(blog.its-law.net)化しました。
 2011/04/13 事務所サイトの本館と分けました。
 2010/10/02 アドレスを「itslaw」に変更しました。
 2009/07/01 NINJAブログに移転しました。
 2008/06/22 ブログをリニューアルしました。
 2007/06/30 ブログを立ち上げました。

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author : ITS 
 法律の改正が「差分」方式で行われていることは、一般には殆ど知られていない事実の一つでしょう。例えば、2020年4月から施行予定の新民法(債権法の部分の改正法)は既に国会で成立していますが、文字どおりの新「民法」が作られたわけではなく、「第○条第1項中『△△△△』を『□□□□』に改める。」といった「差分」だけが書かれた「民法の一部を改正する法律」が別途作られています。「民法の120年ぶりの大改正」と言われるのを地で行くように、当初の「民法」すなわち「明治29年法律第89号」は実はまだ生きており、その後あまたの「民法の一部を改正する法律」が作られ、今回また新たな「民法の一部を改正する法律」すなわち「平成29年法律第44号」が作られたわけです。
 
 このため、改正後の法律の最新イメージは、当初の「明治29年法律第89号」をあまたの「民法の一部を改正する法律」で次々にアップデートしていって初めて得られることになります。もちろん、いちいちそのようなことはやっていられませんから、最新イメージが掲載されている市販の六法や法令データベースが利用されるわけですが、それらは次々アップデートを肩代わりしてくれる民間のサービスであり、公のものではありません。近年は総務省のサイトでも最新イメージが提供されるようになりましたが、これも国の(しかし民間のものと同列の)サービスにすぎず、参考情報の提供という位置付けです。公式版はあくまで、官報で公布された「明治29年法律第89号」とあまたの「民法の一部を改正する法律」なのです。
 IT系の人であれば、このような「差分」方式には大きな違和感(あるいは怖さ)を覚えることでしょう。あまたの「改正する法律」の中に一つでも誤りが混入していれば、リセットされることなくそれがそのまま最新イメージに引き継がれてしまうからです。新しい観測値が得られているのに、わざわざ前の観測値との「差分」に引き直したうえでデータを記録する、というのに等しいわけで、誤りに対していかにも脆弱です。これは、全ての事務処理(データ処理)が常に正しく行われる、という無謬前提に立ったシステムと言えそうです。実際のところは、誤りは滅多に起こらない、あるいは誤りに気づいた後の法改正に紛れて訂正がなされるわけですが。
 ところで、このような「差分」方式は、法律の改正の場合に限られません。控訴審の判決も多くの部分で、第一審の判決に対して「原判決○頁2行目『そして』から同頁5行目までを削除し、以下を挿入する。」というような「差分」方式が採られています。これはこれで、どの部分がどのように変更されたのかが一目で分かる利点はあるものの、いかんせん、判決には最新イメージに引き直してくれるサービスがありません。いっそのこと、ワープロの「変更履歴」方式にしてくれれば有り難いのですが、データが原本にならない限り、そのようなことは起こらないでしょう。裁判官の「ほぼ」100%は、ワープロで判決書きを作っているはずですが、原本はあくまで、ハンコの押された紙の判決書きなのです。

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author : ITS 
 鎌倉時代の禅僧である道元は、「不思議な力である神通には大神通と小神通がある。世間の人は火を吹いて見せるような小神通を尊ぶが、本当の大神通は、毎日ご飯を食べ、疲れれば寝るといった、人間が生きて暮らしているという当たり前のことにある」(中村元氏による)と言ったそうです。この考えからすれば、ITの世界には、「〇〇を使えば、たちどころに●●が起こる」といった類の、玉石混交の小神通が満ち溢れていることになるでしょう。
 
 それでも、初めは小神通であったものの(ごくごく)一部は、その真価が分かるにつれ、当り前だが不可欠の大神通になっていきます。それは、道元の言う神通うんぬんとはいかにも次元の違う話ですが、ともかく技術の進歩であり定着であるわけです。パソコンやインターネットは、使うのに何の努力も要らず、空気のように当たり前のものになりましたが、少し振り返ってみれば容易にその価値を実感することができます。
 ところが、PDCAサイクルのような、使うのにそれなりに努力を要するものになると、話は変わってきます。PDまでは良いとして、CAまで回すことは殆どないのではないか。過去の失敗プロジェクトの総括などやって、多数の問題点と教訓が導き出されたにもかかわらず、話はそこで終わり。同じことが何度も繰り返された挙句、「これほど問題点と教訓が得られたにもかかわらず、それが生かされていないこと自体が問題だ」などというメタ教訓が得られてしまう始末です。
 「運動すれば体に良いことは分かっている」と同じように、当り前の(だが手間のかかる)ことはスルーされる運命にあるのでしょうか。

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author : ITS 
 喫茶店等で何事か熱心に話し合っていると言えば、以前は生命保険か先物取引の営業と決まっていたものでした。しかし、ここ数年でこれらを圧倒するグループが出現しました。それは、IT事業者です。
 
 しかも、生命保険や先物取引では、どことなくヒソヒソ話であったのが、IT事業者の場合、固有名詞や具体的数字の入ったスライド資料が上映され、進捗遅れの原因やシステムの欠陥が声高に語られます。その場にいない者との携帯電話での会話は、ますます声高になり、店内に響き渡ります。
 このようなIT事業者の「公開業務」は、以前から見られなくはありませんでしたが、普通の顧客は相手にしないような(Tシャツ姿の?)個人事業者が仕事場代わりにするくらいのものでした。しかし今や、それなりのプロジェクトに関与している(立派なスーツ姿の?)事業者が、自社の会議室であるかのように振る舞っています。これでは、顧客としても避けようがありません。
 このようなことが一種の流行なのだとすると、同じことが他の業界であっても不思議ではありませんが、金融業界でも不動産業界でも流通業界でもアパレル業界でも、絶えてないようです。IT業界は、要らぬところで「オープン」にしたがるようです。

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author : ITS 
 今から十数年前、パリで行われた世界陸上の男子100メートル準決勝で、椿事が起こりました。メダル候補と見られていたアメリカの有力選手が、フライング(正しくは、false start)で失格となったのです。同選手はフライングの判定に抗議して、走路に大の字に寝て抗議したため、競技マナーや不服申立てのあり方にも議論は及びましたが、ここで問題にしたいのは、そもそもフライングとは何なのか、ということです。

 当時、競技場でもテレビでも、問題の場面が何度もスロー再生されましたが、少なくとも、肉眼では同選手が他の選手より早くスタートを切ったということは確認できませんでした。何度も再生を繰り返した挙句、実際のスタート前に、同選手の足が痙攣のように、一瞬だけピクリと反応したように見えた、それがスターティング・ブロックの反応装置に検出された、といようように(外野の議論は)落ち着いたようです。確かにスロー再正に目を凝らすと、そのような動きがあったように見えなくもありません。しかし、陸上競技規則のフライングに、その「ピクリ」が該当するのかどうかは明らかではありません。
 ところで、フライングの定義は、「ピストルの合図があってから、人体の反応限界であるゼロコンマ○秒未満でスタートした」となっているようです。もっとも、スパイク・シューズがスターティング・ブロックに置かれているだけで、それなりの加重はかかっているわけですから、ある加重限界を超えた時点でスタートしたとみなす、というような前提なのでしょう。(現状でどこまでやっているのかは不明ですが)これを更に精緻化すれば、ゼロ秒時点でのスタートとは言えない小さな加重状態から、合図後ゼロコンマ数秒後のスタートと言える大きな加重状態に向けて急速に立ち上がる、その波形を全体として評価してフライングかどうかを判断することになるでしょうか。
 そうなると、かなり複雑な判定アルゴリズムが組み込まれたシステムが介在することになってきます。その場合、ある選手がフライングを犯したということは、彼の作り出した波形が、そのシステムの判定アルゴリズムによってクロと評価されたということです。何か問題が起きたときに、こうしたものを検証することは、不可能ではないにしても著しく困難です。そこでは、ルールが適正な判定アルゴリズムの形で実装されるというのではなく、現に実装されている判定アルゴリズムがルールである、とでも言うしなかい状況が生まれます。この種の問題は、機械化された現代社会では実は少なくなかったのでしょうが、AIなどが実用化されれば更に増えるのでしょう。

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author : ITS 
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